春過ぎて夏来るらし白妙の衣乾したり天の香具山

せっかくの休みですから、趣味の話を少々したいと思います。

読書好きの私ですが、中でも古代史が大好きでして・・・。

新潮新書 刊

上田篤 著

縄文人に学ぶ

という本の中から、こんな話を抜粋してみました。

退屈かも知れませんが、少しだけお付き合いください。

日本の庭は南向きと言う話です。

 推古天皇の肖像画?

 文帝の肖像画?

推古天皇の頃に日本の使者が隋の文帝に拝謁した時、文帝が日本の国情を問うたところ、使者は「王は天をもって兄とし、太陽をもって弟としております。天がまだ明けない時に王は政庁に座して政につき、太陽が出れば仕事を止めてあとは弟に任せる。と言って退きます。」と応えたと言う。(隋書東夷伝倭国)

 隋書東夷伝

それを聞いた文帝は「そんな馬鹿な!」と怒ったそうだが、実はこれこそが日本の王の最大の仕事だったのである。

推古天皇は朝早く政庁に出て東を向いて太陽を遥拝し、そうして「二至二分」つまり冬至・夏至・春分・秋分とそれからの日数を数えていたのだ。

それも毎日が晴天とは限らないから一年中行わなければならない。

そうして天皇は山から昇る太陽の位置を確認し、十日目ごとに臣下と政務を話し合った。

それを旬と言った。人々は天皇から旬日を教えられて一年の季節を知り、それぞれの生産労働に励んだのであった。

とすると、旬をみるのが天皇の仕事だった。

であるから、内裏の建物は中華思想を受けておおかた南面していたが、天皇の座所の清涼殿は東面していたのである。

なおこの天皇の太陽遥拝の記録は、敏達天皇六年の日祀部の設置によって今日も確認出来る。

その宮跡が奈良盆地の他田坐天照御魂神社として跡を留めているからだ。

それは冬至に太陽が三輪山から昇るのを望まれる位置にある。

こうして天皇はいつも一年の季節を案じてきた。

持統天皇も絶えず山を見ていた。

春過ぎて夏来るらし白妙の衣乾したり天の香具山(「万葉集」巻1・28)

それは縄文人や天皇ばかりではない。

ついこの間まで多くの日本の家々では、元日の朝に家族が庭に並んで一斉に太陽を遥拝したものだ。

今日でも山男たちが高い山に登った時には、夜明けの「ご来光」を拝む。

また日本人は、住まいの座敷やリビングが南面する事を強く望んでいる。

それは過去・現在を問わず、また一戸建てとマンションの区別を超えて家に対する日本人の根強い願望である。

もちろんそれは、太陽の暖を得たいからだが、実はそれだけではない。

そこには、太陽に象徴される自然の気、つまり「空の明るさ・雲の動き・山々の色合い・木々の変化・風の香り・その湿り具合などを知りたい」という願望があるからだろう。

だから日本のマンションには必ずバルコニーがある。

実はそういう事は世界では珍しいのだ。

欧米などでは「バルコニーは用心が悪い」と言って付けないケースが多い位である。

それは住まいだけではない。

日本の料理屋の座敷には必ず庭がある。

旅館も窓からの眺めを大切にする。

また欧米のレストランは壁面を絵画や彫刻で飾るが、日本のレストランは窓を大きく採る。

そして開店すると、欧米のレストランは中央の席から埋まっていくが、日本のレストランは窓側の席から満員になっていくのである。

それは太陽だけではない。

万葉の歌人はたびたび月を歌ったが、それは恋人の来訪を待つためであった。

月夜の晩でないと、恋人がやって来られないのだ。

明治に来日し、松江中学で教鞭を執った英文学者のラフカディオ・ハーン(1850~1904)は、宍道湖の東の山々から月が昇った時、湖上の漁民達が舟の上で立ち上がって月に向かって一斉に拍手する音を感激をもって聞いている。(平川祐弘訳「神々の国の首都」講談社学術文庫)

太陽と同様湖上の月もかけがえのない「自然のランプ」なのだ。

柳田国男は「以前は正月もやはり盆と丸半年を隔てた、春の初めの月の満月の宵であった」(「先祖の話」「定本柳田国男集第十巻」筑摩書房)という。

正月は年に2回あったのだ。つまり夏至と冬至のあとの満月の夜である。

ただし今の正月とは少しずれている。とすると、正月を知るのも容易ではない。太陽と月の両方を見なければならないからだ。

なるほど、日本の天皇が毎朝しつこく太陽や月を観測したいわけである。

この本、縄文研究一筋の著者が熱く語る「縄文から見た日本論」なんですけど、帯には神棚・ベランダ付2DK・高級懐石・家計簿・鍋物・・・すべてのルーツは縄文だ!なんて書いてあります。

結構ムチャな話もあるし、話もあっちに飛んだりこっちに飛んだり。

建築学者ですから、色々とためになる話も多かったりします。

現代日本が直面しているさまざまな問題、あるいは今日の社会の閉塞状況も、

「日本が、いま一度、縄文文化に立ち返れば乗り越えられるのではないか」というのが著者のお言葉です。

機会がありましたら、是非ご一読ください。

 

  https://www.assetfor.co.jp
  posted by Hoppy Red

  東京都練馬区北町2-13-11
     03-3550-1311
 東武東上線 東武練馬駅下車5分

練馬・板橋で注文住宅を建てるならアセットフォーへ資料請求
練馬・板橋で注文住宅を建てるならアセットフォーの見学会へ
  • 練馬・板橋で注文住宅を建てるアセットフォーのFacebook
練馬・板橋で注文住宅を建てるアセットフォーのホームページTOPへ